監督の人生と重なる小説の結末から映画を始めた理由

写真(チェン・ダオミン) チャン・イーモウ監督は、原作のゲリン・ヤンの小説を初めて読んだ時、「大きな感銘を受けました」と語る。文化大革命で、工場や農場での強制労働に就いたイーモウ監督にとって、小説に描かれていた社会背景や人物は、熟知しているものばかりだった。そのため、ごく自然な流れで映画化を決意したのだという。
しかし、今の中国では、小説の内容すべてを映画化することは不可能だった。オリジナルストーリーでは、主人公の陸焉識ルー・イエンシーが囚人になるまでの経緯も描かれている。「それは、まだまだデリケートな問題なので、映画にはできないのです」とイーモウ監督が説明する。
さらに、陸焉識が監禁されるようになる前は、彼はまだ20代の青年だった。主演のチェン・ダオミンは50代だから、そんな若い人物を演じるのは無理な相談だ。「だからと言って役者を変えてしまうと、まるで別々の映画になってしまうので諦めました」とイーモウ監督は語る。
考えた末にイーモウ監督は、小説の結末のエピローグで描かれる、最後に家に帰るくだりを映画の始まりにして、小説全体の歴史的背景を、登場人物の細部とセリフに凝縮させることにした。「いわゆる“一滴から太陽が見える”という中国式美学で、控えめで含蓄のある境地、つまり最も難しい形の映画作りを選んだのです」とイーモウ監督は振り返る。「私にとって本作は、若い頃の情熱と熟練した技術の両方を動員して挑んだ作品です。観客の皆さんがこの物語を心に刻み、その裏側にある感情を忘れないでいてくれることを願っています。」

映画の成否のすべてを握る、3人のキャスティング

写真(ホエウェン)  現在中国で活躍する俳優の中で、チェン・ダオミンとコン・リーが最も優れていることは、映画ファンなら国内のみならず誰もが知っている。「彼らは主人公の夫婦の役に私が選んだ、最初にして唯一の俳優でした」と、二人のキャスティングについて、イーモウ監督が説明する。
二人の名優は、物語の中のどんな些細な事柄に対しても、数多くの建設的な意見をイーモウ監督に提案したという。二人に対してイーモウ監督は、「私自身、彼らとの仕事から多くを学んできました。彼らは、この映画に対して、キャラクターを演じることを遥かに超えた素晴らしい貢献をしてくれたのです」と感謝を述べている。
チェン・ダオミンは、「この映画は、歴史の悲しみに引きずられることのない素晴らしい作品です。観客に家族の再会と希望という、愛情を超えた何かをもたらしています」と語っている。
彼らの娘、丹丹タンタン のキャラクターは、物語に非常に重要な役割を果たしている。そのため、イーモウ監督は、いわゆる“若手人気スター”をキャスティングするつもりはなかった。「チャン・ホエウェンの輝く瞳には、若き紅衛兵のオーラがありました」とイーモウ監督は、初めてホエウェンと会った時のことを振り返る。「私にはそれが必要でした。映画の後半、文化大革命が終わってからの物語では、彼女の目の変化が重要だったのです。その目は、あたかもトランス状態にあるように、常にためらいを感じさせねばなりません。ホエウェンには、それを表現する力がありました。」

不可能な任務に挑んで生まれた、全く新しいコン・リー

写真(コン・リー)  コン・リーが演じる記憶喪失の妻の役は、リーにとって間違いなく大きなチャレンジだった。撮影が始まる前に、リーは病院と老人ホームで実際に生活し、多くの観察と研究を行い、この病気を患った人たちの肉体と心理を体感した。
リーの役作りについて、イーモウ監督は次のように語る。「我々はそのような過程を“生活体験”と呼んでいます。私に言わせれば、役者なら誰でもやるべきことです。クリエイターとしての私と、コン・リーという役者の昔からの習慣でもあります。」
リーが老人の特殊メイクをしたのは、最後の数分間のシーンだけだった。イーモウ監督は、そんなリーを「見た目の扮装はすべてではなく、一つの手段に過ぎません。メイクに頼らず、内なる演技でキャラクターを生かすのは、優秀な役者の証です」と絶賛する。
リーは演じ終えた想いをこう語っている。「私の役は、この上なく素晴らしい役ですが、演じるのがとても難しい。不可能な任務に挑んでいるような、観客に全く新しい“コン・リー”を見せているような気持ちになりました。再びチャン・イーモウ監督とチームを組んだことで、監督の作品がより深く成長し、さらに困難なことに挑戦しているのだと確信しました。この役が、8年前の『王妃の紋章』の役よりも難しかったのは確かです。でも私はその挑戦を楽しみました。楽しんだからこそ、演技への情熱を感じることができたのです。」
妻への家路